嫌いなものに気づけることは、好きの近道の方法
自信がない、自分が誰かもわからない、毎日がつらい、嫌なことばかりどよーん。
そもそも自分に長所あるのかな?どよーん。
なんでこんな展開になったんだろう。どよーん。
なんてことがまさに最近起きて、人間不信になりそうになりました。
人間不信になる必要はなくて苦手なものは向き合わなくていいんじゃないのだろうか?
と思いました。
今日は好き・嫌いや苦手について書いてみたいと思います。
好きなことより嫌いなもの方が浮かびやすい
好きなものを大切にする力は、持ち合わせていると思っていて
嫌いや苦手なものを自覚して、自己規律や自己コントールに努めることが
好きなものを楽しみやすいし、日常も穏やかな気がします。
好きなもの
音楽、珈琲、旅行、読書
嫌いなもの
対人関係・満員電車・人混み・大きい声の人・考えない人・向上心ない人・決めたルールに沿って生活できない・いちいち詳細聞いてくる人・睡眠障害・ストレス・汚い・騒音
嫌いなものの方が沢山出てきます。
性格悪いとか、こんな自分嫌って思うと寂しいなって思って私は自覚をするようにしています。
好きなものも嫌いなものもいつもアップデートしています。
好きなものの実態を知らない事の方が多い
お金本当に好きなんですか?
— ながねこ@会社に属さない方法考え中 (@sayurin_office) February 10, 2019
お金の意味知ってますか?
お金は何でできてますか?
お金の重さは何グラムですか?
好きって言ってるけど
知らないことばかりじゃないすか。
実は好きじゃないんですよ
色々衝撃のセリフできた。#億男
最近読んだ「億男」という本の一説の心に響いた、セリフです。
なんで?と深堀したときの、好きと嫌いの詳細
好きなもの
美味しいから・好きだから・楽しいから・面白いから・こういうところ素敵
嫌いなもの
委縮する・集中できない・ストレス・人に見られてる気がする・想像するとつらい・情報が多すぎてつらい
もちろん珈琲と音楽に関しては無限大に語ることができますが、
好きだと思うものを無限大に語られるのだろうか?
以外に好きだと言いつつ好きって言っている自分が好きだったリスします。
好きは嫌いと違い無限です。だから語るのも極めるのも楽しいです。
だから途中で飽きたり、つらくなったりっていうものがあり、好きを極める方が能力がいるように思います。
しんどいと思います。
嫌いなものははっきりしているし説明もできる
好きとは対照的に、この事象がストレス、この事象が嫌い
こういうの無理ってもう決まっている嫌いはある意味気楽です。
- 嫌いだから近寄らない
- 苦手だから、関わらないようにする、逃げる
- 苦手なところに行かない
嫌いというよりやらない選択ができることは大変有意義です。
自分の苦手を知り精神衛生規律をすることで好きなことが見えてくるものかもしれません。
嫌い・苦手なものと付き合わないといけないとき
私の場合は対人関係が嫌いなので苦労しますが
目標ややりたいことを目の前に、対人関係を切ることはできず…
目標・自己実現のために人が必要で、対人関係に参加している
方式にしています。
例えば
職場
- 生活するためにお金が必要だから働いている
- お金をもらうために会社で働く必要がある
- 生活費を稼ぐ場所にたまたま人がいる
- 働きやすいように、愛想よくしたり、挨拶はするように努めよう。
音楽
- オーケストラの曲を誰かと一緒に演奏したい
- 一人では、オーケストラのパートを全部演奏することはかなわない
- どこかに所属しよう
- 一緒に演奏して楽しい、この仲間に感謝。
こんなに割り切れる日常はないですが…現在トライしています。
自分の価値観や感覚は間違っていない
境界型人格障害になって、
- 人を試しているんじゃないか
- これは本来の自分なのか
- 感情のままに動いてないか
って心配な時期があります。
もちろんそうなってしまうこともありますが、
大抵は自分が感じた不快感は自分にとって不快なんです。
そこで一歩、すぐに切れるんじゃなくて、
不愉快だなって思えるように心がけています。
嫌いなものを省いて日常を継続しているうちに出てくる好きが本物。
- 自分がわからない
- 好きなこともわからない
- 楽しくない
- 好きなことしてても全然充実感なし
- つらい
って生活に直面しますが、好きなことって「好きです!」
って把握しなくてもそばにあっていつも続いているものだったりします。
嫌いや苦手なものを把握して、精神衛生を保つと見えるものがあるかもしれません。
そこをほめて、日常を続ける、それも一つの小さな楽しみだと思います。